音としてある。

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最近、お世話になっているギター製作家のM氏の新作を試奏させてもらった。
その音の記憶から後々思うのは音楽としてある前に音としてあるということ。
音響としてあるだけで、それが美しいなら心に響いてゆくということ。
そのギターは内部構造に工夫がなされてあって、それによって倍音が豊かに響いていた。
弾いたときに色々な色が見えるようだ。結果イマジネーションが刺激される。
もちろん実用的に厳密にいえば向き、不向きの演奏スタイルはあるのだろう。
音響が長く残っていてよい音楽なら本領発揮するように思う。
モンポウ(スペインの作曲家1893-1987)作品なんかはよいのではないかと思った。あとで調べてみると彼は鐘の職人さんの家で生まれ育った人だったそうだ。
なるほど、鐘=音響、倍音だな。

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コメント(1)

今回、かなり大胆にいろいろ試したことが、それなりに音となって現れました。引き出しが増えた思いです。次回また再現するかどうかですが。

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